会場は、地域材を用いた家づくりを続けて20年の伊那市(株)フォレストコーポレーションさんの新社屋。木や石などの自然素材がふんだんに用いられた素晴らしき会場で「人と森の未来、その暮らし」について参加者全員で語り合いました。
シンポジウムのオープニングを飾った基調講演のスピーカーは若杉浩一さんです。
何もかもが便利で安心・安全という社会の中で、何かが置き忘れられているという状況。林業をどうデザインするのか、地域がありそこにデザインが絡んでいくという構図を考えた中で生まれたのが「日本全国スギダラケ倶楽部」です。現在、日本各地に支部があり、長野県にも3つの支部が存在。略称「スギダラ」が進めているのは「戦後の植林によって杉だらけになってしまった日本の山林をやっかいもの扱いせず、材木としての杉の魅力をきちんと評価し、杉をもっと積極的に使っていこうじゃないか!」という運動です。
宮崎県日向市の木造駅舎のプロジェクトや、子育て施設、空港、図書館での杉の利用、杉を使った家具のプロジェクトに加え、「無印良品」を展開する株式会社良品計画と共創した学びの場「MUJI com武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス」もスタートしました。若杉さんがかつて抱いた「モヤモヤ」は決して間違いではなく、想いのこもったデザイン、地域や社会に向けてのデザインこそが世の中を、人を動かしていくのだということに改めて気づかされます。
また、経済として「見える価値」が大切にされてきた一方で、文化や美意識、喜びなど大切なものが置き去りにされていくこと。そこから生まれた「モヤモヤ」の拡大。こうしたモヤモヤを可視化し、地域と行政、企業をつなぐデザインをする「TOO MUCHな愛の押し売り」こそ、これからの時代に求められるものだと若杉さんは話します。
○テーマ1
森に学ぶ心地よさ!―教育―
スピーカー:小林成親氏/NPO山の遊び舎はらぺこ保育士
「自然との関わりを中心とした保育の中で子どもたちをのびのびと育みたい」と願う親と保育士が集まり2005年に立ちあげられた「山の遊び舎はらぺこ」。
今回、テーマに掲げられた「心地よさ」を「豊かさ」という言葉に読み解いて考えたとき、自然の豊かさと子どもの育ちの豊かさは重なり合うと感じています。「自然や森との関わりの豊かさについて」「50年先の学び舎がどうなっていくのか」「50年後に残したい大事なものはなんだろう」ということを分科会で皆さんと話していきたいと話しました。
○テーマ2
森を循環させる喜び!―エネルギー
スピーカー:木平英一氏/株式会社ディーエルディーバイオエネルギー事業部 農学博士
電気、ガス、灯油、薪。様々なエネルギーがある中で、皆さんがなぜそれを使うのかといえば、理由はおそらく“そこにあるから”。
そういう意味で薪は非常に使いづらいものであると考え、13年前に薪の宅配サービスを始めました。会社をリタイアした方を中心に約100名の雇用を生み、さらに福祉施設や閑散期の農家の方にも仕事に携わってもらっています。今回は「森とエネルギー」がテーマですが、それに留まらず福祉や雇用、また薪ストーブの利用者の面からでもエネルギーについて議論ができれば、と話しました。
○テーマ3
森のおいしさは快感!―食―
スピーカー:渡邊竜朗氏/kurabe CONTINENTAL DELICATESSEN オーナーシェフ
「おいしいもの」とは何かといえば口に入るもの。それをおいしくするという意味でいえば農業、飲食業、森で得られるものも同じであろうと考えます。
おいしいものは家族をつなぎ、体や健康を作り、生活を満たすものです。また、地域を作り、豊かさをつなぎ、環境を作り、次世代にバトンをつなぐものでもあります。
この後の分科会ではぜひ皆さんと「おいしい」の可能性を見つけていきたいと、話しました。
○テーマ4
森を取り入れる暮らしの楽しさ―住まい―
スピーカー:春日嘉広氏/長野県林業総合センター所長
昨年10月、「オーストリア・フィンランド森林・林業技術交流調査」へ参加しました。様々な調査結果を参考に、今後も日本ならではの林業の強みを探っていきたい。
今回「森を取り入れる暮らし」ということで、当センターで行なっている樹木の精油(芳香油、アロマオイル)もご紹介しますが、森を取り入れたひとつの暮らしの楽しさに繋げられたらと、話しました。
○テーマ5
どんな森へ行きたい?―観光―
スピーカー:清水陽一氏/鹿嶺高原キャンプ場マネージャー
キャンプ場でマネージャーを務めながら、伊那の地域おこし協力隊として山岳観光も担当している清水さん。伊那にきてちょうど3年目を迎えました。「私が就任する以前の鹿嶺高原キャンプ場の宿泊者数は約900人ほどだったと聞いていますが、2年目でおよそ4400人増加しました。
今後の試みとして、間伐の見学を行う「森林ツアー」や薪割り体験なども機会があればやっていきたいです」と話しました。
この日、希望者に提供されたのは伊那市長谷「ざんざ亭」さんのケータリングランチです。
鹿のソーセージとキノコのスープは、鹿の骨をひたすら煮込んだベースに、伊那市高遠「仙醸」の酒粕を加え、燻製した鹿のペーストを加えて煮込んだもの。ランチボックスには中川村「大島農園」の無農薬野菜がたっぷり盛り込まれ、カラマツオイルで森の香りをプラスした鹿肉100%のハムと、駒ヶ根市「自家製酵母のぱん 土ころ」のパンが添えられました。その下に敷かれたジャガイモのペーストには小麦の糠を使った「ぬかづけ」が刻んで混ぜ込まれており、チーズのような風味でパンとも野菜とも相性抜群。森の恵みを存分に堪能できる大満足のランチタイムとなりました。
場内5カ所にテーマ別の会場が設けられ、参加者はそれぞれに興味のある分野を選んでディスカッションに参加しました。各分科会とも話が盛り上がり、予定されていた時間はあっという間に終了。その後「各分科会発表」にて話し合いの成果が発表されました。
○テーマ1
森に学ぶ心地よさ!―教育―
ディスカッションレポート
分科会1では「森に学ぶ心地良さ」をテーマにディスカッションが行われました。まず、スピーカーであるNPO山の遊び舎はらぺこ保育士小林成親さんより「自然と関わり命と向き合い遊び込むことで、子どもの心が揺れます。これを積み重ね仲間や大人と共有する。その豊かさ、かけがえのなさを幼児期に血肉とすることこそ人が育つうえで必要」との話がありました。
続いてファシリテーターの平賀さんが、森での学びに必要なこととして「自然環境の保全」「木質あふれる空間が身近にあること」「学びの方法や機会の確立」「多様な教育の仕組みづくり」「学びを支えるコミュニティー」の4つが挙げられているものの、森に学ぶことの本質はこれで十分か、50年後も大切にしたい根本は、他にあるのではないかと問題提起しました。
そして議論は「暮らしのなかに学ぶ」ためには何が必要か、「私」は何をするかに移ります。
あるべき姿に向け、「私」がやることとして「学びの継続性(幼児以降小・中・高など)の確保」「長谷や高遠など山間地域の学校や保育園の維持」「子どもの学びを支える大人の営みの維持・確保」「学びの周りに多様な生業を持つ地域づくり」「開かれたコミュニティネットワークづくり」「使える森を後世に残すこと」「伊那らしい学びの実践・体験を発信し続けること」などが挙がりました。
○テーマ2
森を循環させる喜び!―エネルギ―
ディスカッションレポート
分科会2では「森を循環させる喜び」をテーマに、株式会社ディーエルディーの木平英一さんを交えてディスカッションが行われました。
森を循環させるためにはバイオマスエネルギーのバランスの良い利用が必要です。里山の手入れが適切に行われ、間伐材が無駄なく使われると同時に地域経済に貢献できることが理想であり、そのためには様々な課題を解決しなければなりません。今後バイオマスエネルギーの利用を広げていくにあたっては「興味はあるけれどまだ関わっていない人」をどう巻き込み、どうサポートしていくのかが鍵になりそうです。
また、家庭に薪ストーブを導入すれば必然的に女性が関わらざるを得ない一方で、エネルギーの話し合いなどの場では女性が参加しづらいという問題点も提起され、バイオマスエネルギーにおいても今後は「女性」がキーワードになっていくのではないかというところで話し合いを終えました。
○テーマ3
森のおいしさは快感!―食―
ディスカッションレポート
分科会3では「森のおいしさは快感!」をテーマにディスカッションが行われました。参加者は、スピーカーでもあるkurabe CONTINENTAL DELICATESSENオーナーシェフ渡邊竜朗さんを含む11名。伊那で農業に携わっている方や地域おこし協力隊として地域の課題に取り組んでいる方、都会で暮らす方、移住した方、Uターンして改めて地域の魅力を感じている方など様々な参加者が集まり語り合うことができました。
身近なことがらでありながら、意外と難しい「森」と「おいしい」の関係。しかし、自由に語り合う中で「おいしさの3つの要素」が浮かび上がってきました。今後は、このおいしさをどのように「場」とつなげていくかが課題です。そのために必要なのは、おいしさの輪郭をはっきりさせていくこと、この地にしかない固有の魅力を見つけて高めていくこと。もしかすると、様々なテーマの底に「おいしい」が潜り込んだり、「森と農業」や「森と他の職種」が掛け合わさっていくことで、解決の糸口が見つかるかもしれません。そうしたことを意識しながらさらに探求し、結論の場を作っていきたいというところで今回のディスカッションは終了しました。
○テーマ4
森を取り入れる暮らしの楽しさ―住まい―
ディスカッションレポート
分科会4には、16名が参加しました。参加者には、樹木の伐採や木材の製材などの林業を営む方、大工、木工家など木に携わる仕事をされる方が多く集まったほか、生活の中で木を愛する方、伊那谷に惹かれて他県から移住した方もいらっしゃいました。
消費者、大工、木工家にとって、地元の木材が簡単に手に入る仕組みを整え、公共施設や工場、家の建築にはもちろん、家具やDIYにも地元の木材を取り入れられる未来。現在でも、ガードレールやアロマオイルでは地域の木材が使われていますが、今後叶えたいことは、コンビニやスーパーで使われる紙コップレベルにも採用されることです。地元の木材の使用は地域の中でお金が回る経済の仕組みにもつながります。もっと先の100年後には、より近隣で伐採された木材しか使われないことが理想です。
また、木の仕事に従事したい方が、木の仕事で食べていけるように、職業訓練、投資などによる起業支援を通じて、後押しする未来を描きます。大人たちはもちろん、子どもたちへの農林業の学びの場を提供することも未来への投資です。さらに、里山がもっと身近になる未来も描きます。空き家やコテージ、農地の賃貸制度を取り入れることで、里山を身近に感じて生活ができるコミュニティ(クラインガルテン)をつくりあげます。森に入ること自体がレジャーになることも理想のひとつです。
○テーマ5
どんな森へ行きたい?―観光―
ディスカッションレポート
分科会5では「50年後の伊那の森の観光」についてディスカッションを行いました。
浮き上がってきた課題は「まずは住んでいる自分たちが森との距離を縮める必要がある」ということ。また参加者のほとんどが、手つかずの豊かな森、その森から受けられる恩恵が「ある」ことに魅力を感じている、ということもわかりました。その「ある」ことを観光に活かすために、改めて、伊那市民が森に感じている「ローカリティ」「ポテンシャル」をリサーチして洗い出し、共有すること。そして、観光客とコミュニケーションを図るためのデザインを作っていく必要があるだろう、という結論に至りました。
プログラムのラストを飾ったのは若杉浩一さんによるフィードバックです。
「(ディスカッションでは)みなさん、楽しそうに、目をキラキラさせながら自分のことを語り、未来のことを語り合っていて本当にいいなと思いました」と若杉さん。
「伊那にしかない大切な学び、大切なこと、大切にしていくこと、伝えたいこと、伝えなければいけないこと。それがまさにいま出はじめているところなのでぜひ続けていただきたい。今日のみなさんの真剣な姿が、子どもたちの未来につながることを確信しました」と熱く、力強いメッセージもいただき、会場からは大きな拍手が巻き起こりました。
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