ミドリナ クォリティ Vol.3[カモシカシードル] 2019.03.19 QUALITY

世界金賞のシードルが作る、
消費者も生産者も幸せな循環カモシカシードル:入倉浩平さん

長野県伊那市にある、鳥居沢工業団地。名称だけ聞くと無機質にも感じるこの場所で目にするのは、一面の緑を背負って建つこぢんまりとした建物。そこは、りんごを原料としたシードルというお酒の醸造所です。

カモシカシードル
カモシカシードル
カモシカシードル

世界的な賞である「フジ・シードル・チャレンジ」で日本初の金賞を受賞したシードルをこの地で作るのは、生まれも育ちも東京という入倉浩平さん。介護事業を行う会社で働いていた入倉さんが、シードルづくりを始めたのは、幼い頃に目にしていたりんご畑にルーツがあるそう。伊那谷でのシードルづくりについてお話を伺いました。

□  長野県伊那市でシードル造りを始めた理由

冷涼な気候で朝晩の寒暖差が大きく、雄大な自然に囲まれた伊那の地。東京で生まれ育った入倉さんが、りんごの栽培に適したこの地でシードル作りを始めることになったのは、単なる偶然ではないそうです。「曾祖母が伊那市の通り町商店街で食器屋さんをやっていて、祖母がそこの生まれでした。ですので、小さいころには伊那にたびたび来ることがありました。2011年に東日本大震災が起きて、勤務していた介護事業所がアグリビジネスに挑戦することになったんです。その時に、祖父母が残した畑がある伊那に来て、農業がこれからできることはなにかについて市内を車で走りながら考える機会がありました。」

目に入ってきたのは多くのりんご畑。そこに幼い頃に見ていた風景が重なって見えてきたそう。「りんご畑には、落ちているりんごも多くて。小さい頃にも、そんなりんごをもったいないと感じていたことが思い起こされてきました。それをなんとかしたいと思って調べてみると、規格外のりんごを使ったジュースはあるけど、加工品はあまりない。でも外国では、りんごの栽培とシードルの醸造は多くがセットになっていました。りんごが日本に入ってきた明治期は、果実酒の文化も、醸造の技術もなかったけれど、いまならシードルづくりはチャンスがあるのでは、と思い始めることになりました。」

とはいえ、りんごの栽培も醸造も全くの初心者の入倉さん。2012年から醸造の専門学校に通い、卒業研究では国会図書館に通って文献を読み漁り、世界各国のシードルを分析したそうです。2015年には長野県山形村のワイナリーへ研修に行き、その翌年に醸造所の開設にいたりました。入倉さんが狙ったのは、酸味と香りを活かしたシードル。そして、酵母が泡を作り出す、瓶内二次発酵という伝統的な製法にもこだわりました。その結果、わずか1年あまりで、世界的なコンテストである「フジ・シードル・チャレンジ2017」で、国内唯一の金賞を受賞したのです。「金賞をいただけたのはうれしかったですね。コンセプトは間違っていなかったと思いました」。

 

□  地元農家さんとのwinwinな関係

カモシカシードルで使っているりんごには、醸造所のある地元、伊那市横山産のものが多く使用されています。「生食用だと、贈答用が一番高い値がつきますが、そのためには見た目にもきれいなりんごを作る必要があります。たとえば、りんごの実に葉っぱの影があたると、そこには色のムラができてしまいます。そうならないようにするためには、かなりの手間がかかります。シードルにするりんごは加工するので、見た目は関係ありません。ですので、生食用としては値が下がってしまうりんごを生かすことができると、地元の皆さんも喜んでうちに出荷してくださっています」。りんご自体の味は変わらないのに、色のムラやキズによって市場に出ると値が下がってしまうりんごが、入倉さんのシードルに形を変えることで私たちのもとにシードルとして届くようになりました。それは農家さんにとっても、適正な価格でりんごを引き取ってもらえるという喜びにもなっているそう。

横山のりんご農家さんの話になると、表情がぐっと和らいだ入倉さん。農家さんとは普段から良いお付き合いをされているそうです。「最初は他人行儀でしたが(笑)。りんごの栽培について教えてもらったりしているうちに仲良くさせていただけるようになって。年末には一緒にお酒を飲んで、ごはんを食べたりもします」。入倉さんがやってきたことで、シードルに適した品種を増やした農家さんもいるとのこと。「自分たちが作ったりんごが賞をとったことを喜んでいただけて、私もうれしいですね」。

 

□  これからの目標、伊那谷だから実現できるオーベルジュ

お昼休みの終わり、ぱんぱんに膨らんだ袋を下げたスタッフさんが戻ってきました。見せていただくと、中にはいっぱいの栗とくるみが入っていました。それらはスタッフの皆さんで分け合ったり、みんなで囲むお昼のおかずとして並んだりするそう。伊那の地には豊かな自然があふれていますが、東京から来た入倉さんにとって伊那谷の生活に不便はないのでしょうか。「伊那谷は、程よく自然でほどよく開けている、そのバランスがちょうどいいと感じます。生活に困らない程度にお店もある一方で、まわりには自然のものが当たり前にあります。野菜も農家さんがくれるのであまり買いませんし、伊那に来て野菜はおいしい、お米もおいしい、いままでどんなものを食べていたんだろうと思います。食は人の喜びのひとつだと思いますが、それは別格のものがありますね」。

今後、入倉さんが作るシードルにはりんごのほかにも伊那谷の恵みが活かされていくそうです。「りんごがない時期にもお酒を造っていきたいので、夏秋イチゴをつかったスパークリングや、ブルーベリーを入れたら紫色のきれいなお酒ができるのではないか、など伊那谷の農産物を使ったお酒を考えています」。

伊那谷の自然のなかで育まれる美味しい農産物から醸されるシードルやワインを、美しい景色の中で存分に楽しむことができたらどれだけ贅沢な体験になるだろう……。そんな想像していると、入倉さんは、シードルを中心にすえた伊那のすばらしさを体験できる次のビジョンを教えてくれました。「今後はシードルを起点とした観光を展開していきたいですね。多くの人にお酒を飲んで楽しんでほしい、そのためにどういう楽しみ方ができるのかをプロデュースしたいです。レストランがあったり、宿泊ができたり、りんご狩りもできてお土産も買って帰れるような、オーベルジュのような場所をここに作ることができればと考えています」。

紹介人

入倉浩平(いりくらこうへい)

2016年に長野県伊那市横山に、カモシカシードル醸造所を開設。東京で介護事業を営むグルップボエンデのアグリ事業として展開している。フジ・シードル・チャレンジやJAPAN CIDER AWARDSなど多くの賞を受賞するシードル作りを行っている。東京都出身、伊那市在住。https://kamoshikacidre.jp/

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